東京地方裁判所 平成4年(ワ)11120号 判決 1994年2月23日
原告
游淑英
右訴訟代理人弁護士
松本久二
被告
中央経済協同組合
右訴訟代理人弁護士
深田源次
同
奥田保
被告
荒井道雄
外二名
右三名訴訟代理人弁護士
林千春
被告
金子久枝
外九名
右一〇名訴訟代理人弁護士
深田源次
同訴訟復代理人弁護士
奥田保
主文
一 被告中央経済協同組合、同荒井道雄、同黄田澄人及び同砂永弘は原告に対し、各自金一七一二万五五六〇円及びうち金五〇〇万円に対する平成五年一二月二五日から、うち金一二一二万五五六〇円に対する平成五年一二月一〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 前項に掲げる被告らに対する原告のその余の請求を棄却する。
三 第一項に掲げる被告ら以外の被告らに対する原告の請求を棄却する。
四 訴訟費用のうち、原告に生じた部分は第一項に掲げる被告らの負担とし、右被告ら以外の被告らに生じた部分は原告の負担とする。
五 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 原告の請求
被告らは原告に対し、各自金一七一二万五五六〇円及びこれに対する平成五年一二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 判断の基礎となる事実
1 被告中央経済協同組合(以下「被告組合」という。)は、組合員の取り扱う食料品の共同購買、組合員に対する事業資金の貸付等を営業内容としている。
2 原告は被告組合に対し、平成二年一二月二五日から平成四年四月七日までの間に、別紙貸付一覧表記載のとおり合計一七一二万五五六〇円を貸し付けたが、被告組合は右貸付金の約定どおりの返済ができない状況にある。
3 被告組合については、平成三年一〇月ころ、協栄企業株式会社(以下「訴外会社」という。)に対する四六億九九七六万円という巨額の融資の返済が不能となっていることが組合の臨時総会等で明らかになり、その影響により、被告組合の組合員等からの借入金の返済も不能となったものである。
4 被告荒井はその当時の被告組合の理事長であり、被告黄田は同専務理事、被告砂永は同営業部長であり、右三名が被告組合の常勤の理事であった。また、被告金子、被告佐藤、被告北村、被告重光、被告林、被告千葉、被告李及び被告蕭は被告組合の非常勤理事であり、被告伊藤及び被告賀川は被告組合の監事であった。
5 被告荒井は、昭和六二年一月二〇日に訴外会社を設立して代表取締役に就任し、被告黄田及び被告砂永は取締役に就任し、右三名は被告組合から融資を受けた巨額の資金を主として株式投資に充てたが、株価の下落により、前記約四七億円の借入金の返済ができなくなったものである。
(右のうち、1、3及び4の事実については当事者間に争いがなく、その余の事実については弁論の全趣旨により認めることができる。)
6 原告は、被告組合に対し、右2の貸付金の返済を求めるとともに、理事長である被告荒井に対し、被告組合においては組合員一名に対する貸付金額の最高限度額は一億円とするという総会決議があるのに、これに違反し、かつ、十分な担保を取ることなく訴外会社に多額の貸付けをした結果、そのほとんどを回収できず、原告の被告組合に対する貸付金の回収を不能にしたので、右貸付金相当額につき、原告に対し損害賠償をすべき責任があると主張する。また、その余の理事に対し、理監事会に出席し、訴外会社への貸付けの内容を知っていたので、被告荒井の不当貸付けを防止すべき任務があったのに、被告荒井の不当貸付けの行為を積極的に支援したり、又はこれを防止する措置をとらなかった点に悪意又は重大な過失があると主張し、監事に対しては、被告組合の業務及び財産の状況の調査をする権限を有し、右調査に基づき被告荒井の不当貸付行為を指摘すべき義務があるのに、右任務に違反した重大な過失があると主張する。
7 これに対して、被告組合は、原告の貸付金返還請求の主張を争わないが、その余の被告らは、次のとおり主張して、原告の主張する損害賠償責任の存在を争っている。
(1) 被告荒井、被告黄田及び被告砂永の主張
被告組合から訴外会社に対する貸付けについては、貸付当時、いずれも株式、不動産などの十分な担保を取得している。
(2) 被告金子、被告佐藤、被告北村、被告重光、被告林、被告千葉、被告李、被告蕭、被告伊藤及び被告賀川の主張
被告組合の理事長であった被告荒井は、訴外会社に貸付けを行うについて、理事会の承諾を得ていない。右貸付けがどのような期間、どのようにして行われたのかについて、非常勤理事及び監事であった右一〇名の被告らには全く知らされておらず、監査にあたっても、そのような貸付けの存在を裏付ける書類は見当たらなかった。したがって、非常勤理事及び監事である右一〇名の被告らには、原告主張のような悪意はもちろん、重大な過失もなかったものである。
右一〇名の被告らが訴外会社に対する貸付けの事実を知った経過は次のとおりである。
被告重光及び被告林は、平成三年六月四日、被告荒井、被告黄田及び被告砂永の常勤理事から被告組合の事務所に呼ばれ、被告荒井から、訴外会社に対し、非常勤理事及び監事の知らない多額の貸付けをし、その貸付金で訴外会社が購入した株式が暴落したことにより、多額の損害を被っていること、訴外会社は三人の常勤理事が役員となって作った会社であることなど、ごく概略の事実を知らされた。被告重光は、かつて被告組合の理事長であったことから、この事実を重大視し、以後、機会をみては被告荒井に真相を質そうとしたが、同被告は、右借入には担保を入れてあるなどと弁明する以外に、はっきりした説明をせず、この話題が次第に拡がり、同年一一月と一二月の臨時総会の開催の場でこのことが大問題として取り上げられることとなったものである。その余の非常勤理事及び監事は、ほとんどが平成三年一〇月一二日の理事会かその後の臨時総会に出席して右事実を知らされたものである。
仮に、訴外会社への貸付けに関する非常勤理事及び監事も署名した理監事会議決書が存在するとすれば、それは何らかの不法手段で作られた虚偽、偽造の文書である。それを作ったのは、当然のことながら、被告荒井、被告黄田及び被告砂永の三名である。
二 争点
1 被告荒井、被告黄田及び被告砂永の損害賠償責任について
被告組合から訴外会社に対する貸付金の大部分が回収が不能となったことについて、右被告らに悪意又は重大な過失があったかどうか。具体的には、右被告らが貸付当時、株式、不動産などの十分な担保を取得した上で貸付けを実行したものかどうか。
2 被告金子、被告佐藤、被告北村、被告重光、被告林、被告千葉、被告李、被告蕭、被告伊藤及び被告賀川の損害賠償責任について
被告荒井が被告組合を代表して訴外会社に多額の貸付けをしたことを非常勤理事及び監事である右一〇名の被告らが知っていたかどうか。また、知らなかったために被告荒井の貸付けを阻止できなかったとすれば、そのことに重大な過失があったかどうか。
第三 争点に対する判断
一 被告組合の借入金返還債務及びその履行不能について
被告組合が原告主張の貸付金の返済債務を負うものであること、被告組合に右借入金を返済する資力がないこと、被告組合に右借入金を返済する資力がないのは被告組合が訴外会社に貸し付けた約四七億円の回収ができなくなったことによるものであること、被告荒井は昭和六二年一月二〇日に訴外会社を設立して代表取締役に就任し、被告黄田及び被告砂永は取締役に就任し、右三名は被告組合から融資を受けた多額の資金を主として株式投資に充てたが、株価の下落により、右約四七億円の借入金の返済ができなくなったものであることは、前記第二の一認定のとおりである。
二 被告荒井、被告黄田及び被告砂永の損害賠償責任について
被告荒井は訴外会社への右貸付当時の被告組合の理事長であり、被告黄田は同専務理事、被告砂永は同営業部長であり、右被告らが被告組合の常勤の理事を務めていたのであり、また、右被告らは訴外会社への貸付けに直接あたった者である。
ところで、右被告らは、被告組合から訴外会社に対する貸付けについては、貸付当時、いずれも株式、不動産などの十分な担保を取得していたと主張するので、この点について検討する。
訴外会社が設立された昭和六二年一月二〇日以降の被告組合から訴外会社への貸付けの状況を見てみると、別紙大口貸付一覧表中の訴外会社欄記載のとおり、貸付総額は、平成三年三月までの三年余りで八八億六七〇〇万円に上っている(<書証番号略>)。被告組合は中小企業等協同組合法に基づいて設立された事業協同組合であり、その目的は組合員の相互扶助を目的とするものであること(<書証番号略>、中小企業等協同組合法第五条)、したがって、被告組合の貸付けは組合員に対する事業資金の貸付けのために行われるものであること(同法第九条の二第一項)、被告組合においては、昭和六〇年以降、例年、総会において、一組合員に対する貸付けは一億円を限度とする旨決議されていたこと(それまでの限度額は五〇〇〇万円)(<書証番号略>)の事実に照らせば、訴外会社に対する右貸付けが常軌を逸したものであることは明らかである。しかも、右貸付けについては、株式が担保として差し入れられているにすぎない(<書証番号略>)。もっとも、後に追加担保として、被告荒井所有の東京都新宿区歌舞伎町所在のホテルと敷地共有持分に二五億円の抵当権設定仮登記が付けられているものの(<証拠略>)、それは訴外会社が被告組合に担保として差し入れた株式の価格が急落し、担保不足が問題となったためであり、その価額も被告組合の貸付残高に到底満たないものである(<証拠略>)。
株式は、価格の変動の大きいものであり、しかも、右貸付けが開始されて一七億円余りの貸付けが実行された後である昭和六二年一〇月には、いわゆるブラックマンデーと称される突発的な株式の暴落があり、その後も株価の変調が見られたことは公知の事実である。にもかかわらず、被告荒井、被告黄田及び被告砂永は、別紙大口貸付一覧表のとおり、株式を担保に、当初から総会決議による限度額をはるかに超えた貸付けを実行し、その後も無反省に貸付けを拡大し、その結果、約四七億円もの取立不能の貸金債権を発生させたものであり、およそ十分な担保を取得していたなどといえる状況にはなかったものであることは明らかである。
右のとおり被告組合の訴外会社に対する貸付金額が常軌を逸した巨額なものであること、右貸付開始当時訴外会社は設立直後であり、資本金も一〇〇〇万円であったこと(<書証番号略>)、にもかかわらず、訴外会社への貸付は、当初から総会決議による限度額をはるかに超えていたこと、訴外会社の実際上の業務は株式取引に尽きること(弁論の全趣旨)等の事実に照らせば、右被告らの訴外会社に対する貸付けは、その当初から無謀な貸付けであり、右被告らは、これによって被告組合が支払不能に陥るおそれがありうることを認識していたものということすらできないわけではないが、仮にそうまでいわないとしても、そのような貸付けによって被告組合が支払不能の状態に陥ったことにつき、右被告らに重大な過失があったことは明らかである。したがって、右被告らは原告に対し、被告組合が原告からの借入金の返済が不能になったことによる右借入金相当額の損害を賠償すべき責任がある。
被告黄田は、右貸付けについて理監事会にそのつど事後報告をし、承認を得ていた旨述べている(この供述が信用できないことは後に述べる。)が、被告組合の理事長、専務理事及び営業部長の各立場で常勤で被告組合の業務執行に当たっていた被告荒井、被告黄田及び被告砂永の右無謀貸付けによる責任が、理監事会への報告などで免除ないし軽減されるものでないことはいうまでもない。
三 被告金子、被告佐藤、被告北村、被告重光、被告林、被告千葉、被告李、被告蕭、被告伊藤及び被告賀川の損害賠償責任について
1 理監事会の議事録の成立の真否について
被告組合の訴外会社等への貸付けをまとめたものである別紙大口貸付一覧表の作成の元となった理監事会の議事録には、被告荒井、被告黄田及び被告砂永の常任理事のほか、非常任理事及び監事の署名もある。
被告黄田はこの点について、「当該理監事会の当日、各理事及び監事に貸付先、貸付金額、担保明細等の一覧表を渡し、これを被告黄田が説明するなどし、質問があれば、被告荒井か被告黄田が回答し、各理事及び監事の承認を受けた後に一覧表を回収し、主として被告砂永がワープロ浄書して、翌月の理監事会の冒頭に必ず朗読して報告し、確認を得ていた」と供述している。そして、弁論の全趣旨によれば、被告荒井及び被告砂永も同様な主張をしていることが認められる。
一方、被告佐藤、被告重光及び被告伊藤は被告黄田の右供述内容を否定し、本件訴訟において提出されている理監事会議事録中の出席理事及び監事の署名は真正なものであるが、同被告ら非常任理事及び監事は署名された用紙以外の部分を見たことがなく、この部分は被告荒井、被告黄田及び被告砂永が偽造したものと推認される旨供述し、弁論の全趣旨によれば、その余の非常任理事及び監事も同様の主張をしていることが認められる。
そこで、いずれの供述を真実と認めるべきかについて検討するのに、被告荒井、被告黄田及び被告砂永が理監事会に報告して承認を得たとする大口貸付けの貸付先及び金額は、別紙大口貸付一覧表のとおりであり、これによれば、訴外会社のほか、ロイヤルファイナンス株式会社等に対しても巨額の貸付けがなされており、訴外会社についてみれば、各理監事会ごとの貸付額が一億円を超える明白な総会決議違反の貸付けは、二二回に及んでおり、そのうちの八回は四億円以上の額である。また、ロイヤルフアイナンス株式会社についてみると、貸付額が一億円を超える明白な総会決議違反の貸付けは一七回に及んでおり、そのうち一五回が四億円以上の額である。
被告黄田は、この貸付けすべてを定例の理監事会で報告したのにいずれの理事、監事からも特段質問がなく、異議なく承認されたというのであるが、この貸付けによって何の利益も受けず、また、被告荒井、被告黄田及び被告砂永と親族関係その他の密接な関係があるわけでもない非常勤理事及び監事が、事前の説得も受けていないのに、このような常軌を逸した貸付けの報告に対して、毎回、何の質問もせず、そのまま承認していたということは、常識的にみてありえないことである。非常勤理事及び監事の数が一〇名に上り、その中には、被告荒井の先任の理事長である被告重光や、高松国税局長を退官し、昭和六二年五月に被告組合の監事となった被告伊藤などがいたことからみても、一層そのようにいえるものである。被告黄田の供述は到底信用できない。
毎回の理監事会の議事録には、出席理事、監事の署名があるが、署名のされた用紙と議事録の間には契印がなく、被告荒井、被告黄田及び被告砂永は常勤理事であり、容易に議事録の用紙の差し替えができる立場にあったことを考えると、議事録の中に出席理事及び監事の署名があることも、右認定と抵触するものではない。
なお、別紙大口貸付一覧表の「計」欄の金額に下線を付した部分七箇所は、個別の貸付額を合計したはずの議事録記載の合計額に違算がある箇所である。真に経理担当者が貸付額を集計して理監事会の議題として提案したのであれば、検算がなされ、数値の誤りは最小限に留められるはずであるのに、このような七箇所もの集計上の誤りがあることは、この議事録が通常の過程により作成されたものではないことを疑わせる一つの要素である。
一方、非常勤理事及び監事は右貸付けについて知らされていなかったとする被告佐藤、被告重光及び被告伊藤の供述は、その内容及び供述態度に不自然な点はなく、信用することができる。
2 右認定のとおり、被告金子ら一〇名の非常勤理事、監事は、被告組合の訴外会社に対する貸付けの内容を知らされていなかったものというべきであるから、右被告らは被告組合が借入金債務の支払不能に陥ったことについて悪意であったものということはできない。また、右認定事実からすれば、被告組合の理監事会の議事録その他の右貸付内容を明らかにする書類は右貸付実行当時隠蔽されていた疑いがあること、被告荒井、被告黄田及び被告砂永は、本件訴訟が提起された後においても、なお、右貸付けの不当性を否定していること等からすれば、非常勤理事及び監事であった被告金子ら一〇名が右貸付けを阻止しなかったからといって、そのことに重大な過失があったものと認めることはできない。
したがって、被告金子ら一〇名の非常勤理事及び監事は原告に対し、損害賠償義務を負うものとはいえない。
3 原告は、平成二年五月二五日に開催された被告組合の通常総会で、組合員が「組合の株で取引をやっているか」「貸出先に対するチェックをやっているか」と質問したのに対し、被告荒井が「株の取引はやっていない」「貸出先へのチェックはやっている」と答えたことで、全理事、監事に貸出先の点検義務が生ずる旨述べているが(<書証番号略>)、前記2認定のとおり、被告荒井、被告黄田及び被告砂永は非常勤理事及び監事に公表することなく訴外会社への巨額の貸付けを行っていたものであり、非常勤理事及び監事には右貸付けを阻止しなかったことに重大な過失があったとまではいえないのであり、このことは、原告が指摘する通常総会の発言があったことによって左右されるものではない。
4 なお、被告金子ら一〇名の非常勤理事及び監事の代理人は、平成六年二月九日付け上申書(準備書面)により、当裁判所の書記官の本人尋問調書の内容が不正確である旨述べているが、当裁判所としては、二、三の誤字は別にして、書記官の本人尋問調書の内容に右代理人指摘のような不正確な点があるとは考えていない。そもそも本件は、常勤理事である被告らと非常勤理事及び監事である被告らの供述が対立している事例であり、各被告らの言い分はそれぞれ一貫しており、本人尋問における被告ら本人の一言一句が問題となるような事例ではない。
四 よって、原告の被告組合、被告荒井、被告黄田及び被告砂永に対する請求は、返済期日到来前の損害金を請求する部分を除き、理由があるから認容し、その余の被告らに対する請求は理由がないから棄却することとする。
(裁判官園尾隆司)
別紙貸付一覧表<省略>
別紙被告組合の大口貸付一覧表<省略>